Canva Townは、はじめから街を目指して生まれたわけではありません。
でも振り返ってみると、すべての出来事が、自然とひとつの場所へ向かっていたように感じます。
私はずっと、作ることが好きでした。でも同時に、それを感覚だけに任せることができない人でもありました。
どうして伝わるのか。
なぜ整って見えるのか。
その理由を知りたくて、作ることを「構造」として見続けてきました。
その視点が、やがてひとつの街の形になっていきました。

18歳のパソコン授業が
すべての入口だった

そのはじまりをたどっていくと、思い出す風景があります。
まだインターネットが世の中に普及する前、はじめてパソコンに触れた授業の時間でした。
画面の中に現れる文字や形が、ただの操作ではなく、「順番」と「仕組み」で動いていることを知った瞬間。同じものを見ているはずなのに、私はなぜか、出来上がった結果よりも、その裏側にある構造のほうに強く惹かれていました。
それが、作ることを感覚ではなく、構造として見始めた最初の記憶だったのだと思います。
英語は話せないのに
HTMLやプログラムは理解できる
自分でも少し不思議なのですが、私は昔からそんなタイプでした。
英語の文章は読めなくても、タグやコードの並びは、なぜか自然に理解できる。たぶん私は、「言葉」より先に「構造」で理解する人なのだと思います。
文章を読むというより、設計図を読んでいる感覚に近いのかもしれません。
この感覚は、その後の人生の選択にも、静かに影響し続けていきました。

専門学校でプログラムを学び
街づくりゲームにハマった

その後、専門学校へ進み、プログラムを学びました。
そして同じ頃、私は街づくりゲームに夢中になっていました。シムシティのように、住宅や道路を整え、人口や収入、インフラのバランスを見ながら街を育てていくゲームです。
気づけば、何時間も画面を見続けていました。でも、ただ楽しかっただけではありません。
遊びながら、ひとつの感覚が身体に残りました。
土台が整っていなければ、街は育たない。
どれだけ派手な建物を増やしても、基盤がなければ、すぐに崩れてしまう。
街とは、見た目ではなく、関係性と順番で成り立っているものだと知ったのです。
マインクラフトで
「街=学び」になると確信した
そしてもうひとつ、大きな確信になったのがマインクラフトでした。ブロックを積み上げるだけのゲームに見えて、そこには自然と「学び」が生まれていました。
順番を考えること。
役割を分けること。
環境を整えること。
遊びの中で、構造が理解されていく。
教育現場で教材として使われていると知ったとき、私はとても納得しました。

文部科学省認定:教育版マインクラフト(Minecraft: Education Edition)https://www.mext.go.jp/miraino_manabi/content/376.html
街そのものが、学びの形になる。
そのとき初めて、「もし場所そのものを設計できたら、人は自然に理解できるのではないか」
と思ったのです。
そしてこの感覚が、後にCanva Townを「街」として形にする原点になりました。
その後、私はHTMLのリサーチに
夢中になった
やがて私は、実際のWeb制作の世界に触れるようになりました。
当時はまだ、今のように情報が整理されている時代ではありません。分からないことがあれば、日本語の解説を探すより先に、海外のサイトや英語のフォーラムを開いていました。
英語は相変わらず得意ではありませんでしたが、不思議なことに、コードの並びや構造は理解できました。
文章を読むというより、設計図を読み解いていく感覚に近かったのだと思います。

ひとつのレイアウトがどの順番で組まれているのか。
どこが土台で、どこが装飾なのか。
なぜ同じように見えるページでも、使いやすさが違うのか。
気づけば私は、「どう作るか」よりも、「なぜそう設計されているのか」を探し続けていました。
見た目のデザインの裏側には、必ず構造があり、意図があり、順番がある。そして、それが整っているほど、人は迷わずページを進めることができる。
この頃から、私の中で制作は、作品を作ることではなく、「流れを設計すること」へと変わっていきました。
後になって振り返ると、この経験が、Canva Townの土台になっています。
何かを教える場所ではなく、自然に理解できる環境をつくること。人が迷わないのは、能力が高いからではなく、構造が整っているからなのだと、この時期に知ったのだと思います。
Canva Townが
「街」になった理由
長いあいだ、私はWeb制作の世界の中で、構造や設計を考え続けてきました。
けれど同時に、ひとつの違和感も感じていました。
本来、伝えたい想いや考えがある人ほど、制作の手前で止まってしまうことが多かったのです。
- ツールが難しい。
- 専門用語が多い。
- どこから始めればいいのか分からない。
- 作る前に、立ち止まってしまう。
そんな場面を、何度も見てきました。

Canvaに出会ったとき、最初に感じたのは「便利さ」ではなく、構造に触れる入口が、急に開いたような感覚でした。
専門的なソフトを使わなくても、配置や余白、順番といった「設計の考え方」に自然と触れることができる。これは単なるデザインツールではなく、考え方を体験できる場所になるかもしれない。
そう思いました。
ただ、同時に気づいたこともありました。
ツールが簡単になるほど、情報は増え、選択肢も増え、かえって迷ってしまう人も増えていく。テンプレートを選んでも、なぜそれが合っているのか分からない。作れるのに、自信が持てない。
その姿は、かつて私がWeb制作の現場で見てきた迷いと、どこか重なっていました。
だから私は、操作を教える場所ではなく、判断を整える場所を作りたいと思いました。
ツールの使い方ではなく、見る順番や考え方が自然と身につく環境。学ぶというより、歩きながら理解していく場所。
その形として浮かんできたのが、Canva Townでした。
そして、時代が変わったあとに
気づいたこと
CanvaTownという形が見えはじめたあと、私はしばらくのあいだ、ただ発信を続けていました。
完成したと思っていたものが、本当はまだ途中だったことに気づいたのは、メルマガを書き続ける中でした。
読者の方から届く言葉や、日々の制作の中で感じる小さな違和感。
それらを言葉にしていくうちに、自分が整えようとしていたものが、少しずつはっきりしてきました。
それは、操作でも、ノウハウでもありませんでした。
「判断するための前提」でした。

ちょうどその頃、AIという存在が急速に身近になりました。
多くの人が「何ができるのか」「どこまで自動化できるのか」を話している中で、私は少し違う感覚を持っていました。
AIは、答えを出してくれる存在ではなく、思考を動かす場所だったのです。
同じAIを使っていても、迷い続ける人と、前に進める人がいる。その違いは、操作の量ではなく、どこを基準に判断しているかでした。
だからこそ、必要だったのは新しい技術ではなく、立ち戻れる土台でした。
情報は増え続け、正解はひとつではなくなり、昨日までの方法が、今日も通用するとは限らない時代。そんな中で気づいたのは、人は意志の強さよりも、置かれている環境に影響されるということでした。
迷わない人がいるのではなく、迷いにくい場所がある。CanvaTownを「街」という形にした理由が、ここでようやく自分の中でつながりました。
順番に進まなくてもいい。
途中で止まってもいい。
必要なときに、必要な場所へ戻れる。
それは学ぶ場所というより、呼吸を整え直す場所に近いのかもしれません。

CanvaTownは、何かを上達させるための場所ではありません。
制作や発信の中で、自分の判断を見失いそうになったとき、静かに立ち戻れる場所です。この街は、完成を目指すためではなく、迷わず歩き続けるために存在しています。
Canva Townでは、
操作を覚えることよりも、
判断できることを大切にしています。





